ダブリン旅行記

3/10

時間通り、朝ダブリンの空港に降り立つ。LCCにしか乗れない生活をしている身からすると、2時間半のフライトでもお茶を出してくれ、CAの方々がみんなフレンドリーなSASは天国だ。

失礼ながらそこまで観光地のない街のように思っていて、「ダブリン」という言葉の響きとジョン・カーニー監督の3本の珠玉の映画だけを胸に秘めて降り立った。バスの中で、『シング・ストリート』のクライマックスで流れる、Adam Levine の Go Now を聞いて涙ぐむなどしていた。小さな街ゆえの閉塞感と、外への憧れと少しの軽蔑、外に出たいと願えども何らかの事情で叶わない人、勇気が出ないまま大人になった人、自分でここで生きると決めた人、自分の足で外に飛び出していく人。この映画で描かれるダブリンは、かつて東京に憧れていた自分に大いに思い当たるところがあって、だからこそ、最後の兄から弟へのメッセージが込められたこの歌は、歌声も、歌詞も素晴らしくて、そして本当に特別だった。目黒シネマで初めてこの映画を見たとき、涙が止まらなかったことを思い出しながら、バスに揺られていた。

曇ってばかりの街を想像していたが、澄み渡った青空に強い風の日だった。大きな何かがあるわけではないが、こじんまりとした雰囲気のいいカフェや、フレンドリーな店員さんとアイルランド音楽のかかったレストラン、個人経営のセンスのいい雑貨屋さんなどがたくさんある、温かい街だ。親しみとおしゃれさがいいバランスで共存していて、そこに音楽と出会う人々の温かい人柄が交わって、すぐに好きになった。

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お昼ごはんは The Shake というお店で、フィッシュ&チップスとシーフードチャウダーと、楽しみにしていたギネスビールを頼んだ。旅行の醍醐味の一つは昼間からお酒を飲めるところで、そして旅行の目的の3/4は食なのである。

サクサクの衣で揚げられた魚にレモンをかけて美味しくないわけないよね。そして、魚介のエキスが詰まったシーフードチャウダーという至高。お肉がごろごろ、とか、魚介がごろごろ、とか、食べ物じゃなくてもお布団でごろごろ、とか、ごろごろが好き。アイルランドと言えばじゃがいも飢饉ですが、ほくほくの素朴なじゃがいもは、わたしが感じたダブリンへの印象そのままだった。

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ギネスビールはブラックコーヒーみたいに真っ黒で、喫茶店で「当店自慢の特大コーヒーゼリーです」と言われたら何も疑わずに食べちゃいそう。最初は渋くて少し苦めの深い味わいなのだが、飲み込むと、そこから想像できないくらいスッキリ爽やかに喉を越していって、後味は何も残らない。面白いビール。

セイント・パトリックデーを待ちきれない!というように、街は緑や旗に溢れていた。店の中でも外でも、音楽がかかれば人は口笛を吹き、タップを踏み、時には大声で歌い出し、そんなはずはないのに不幸なんて存在しないような天国みたいな陽気な街だった。

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そうこうしていたら、あっという間に大雨に降られ、それが雹になって、ふくらはぎを斜め45度からの止まない砲撃に晒しながら教会へ逃げ込んだ。教会で、合唱団が練習をしていて、その歌声と重なりと教会の中の響きが本当に信じられないくらい美しくて、神様に近い空間だった。こういう偶然の出会いにぐっときたくて旅をしている節がある。

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外に出たら、さっきまでの天気は嘘みたいな快晴。教会の前の広場は一本の道でできる迷路になっていた。片側と片側から辿って、ある一点で友達と出会う。

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街のシンボル、聖パトリック教会にも行った。ハリーポッターみたいな外観。花を見たのは久しぶりだった。久しぶりだったことにも、しばらく花を見ていないことに気付いていなかった自分にも驚いた。暴力的なまでの花の彩りに慄いたりした。リアリズム的なステンドグラス。Remembrance treeという、亡くなった誰かのための手紙を結ぶことのできるモニュメントがあって、神様にだけ見せるつもりのどこかの誰かの心の一番痛い部分を覗き見する行為に罪悪感を感じつつ、目を逸らせなかった。英語しか読めないけれど、その他たくさんの言語のその手紙は、世界中に散らばった、もうこの世界にはいない誰かへの思いが偶然この街に集まっている道のりの証明で、抱えきれないよと思った。

夜ごはんは、Trinity BarでライブミュージックとマンUアーセナルのライブ中継に囲まれながらビールを飲む。Bangers & mashを頼んだ。今回はキルケニーを飲んだ。ギネスよりあっさりしていて飲みやすい。ライブミュージックがあるレストランやパブにあんまり行ったことないんだけど、いいね。お客さんが耐えきれなくなって手を取り合って踊りに行くのもいい。

宿はairbで取ったら、思いの外郊外で、ほぼ街灯のない森がざわめく田舎町をバス停から30分歩いて、怖くて寒くて震えながら二人歩き辿り着いたのは館だった。館。おばあさん一人で家にいて、かなりビビったけど、ホステルの何倍も上を行く快適な設備で感激。

 

3/11

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トリニティカレッジへ。世界で一番美しい図書館のある大学。ケルズの書の展示を見てから中へ。古本屋の匂いが、一段階くらい重厚で上品な厚みを持ったような芳しい空間。魔法の書が隠されていて、そこから冒険が始まることがあるとしたらその出発点は多分ここ。特別な場所だ。

お昼ご飯は、口のうまいお兄さんのいる、暗さと温かさが共存したパブ。ドリンクメニューはなく、どういうものが飲みたいか言えばオススメを教えてくれる。とりあえず、ギネス以外であまり苦くないオススメビールを頼んだら、ギネスの会社が作っている新しいHOP HOUSEというラガービールを出してくれた。

アイリッシュシチューとオニオンリングを食べた。シチューはラムが使われているけれど、臭みがほとんどない優しい味。オニオンリングはもちもちしていた。HOP HOUSEは軽くてさっぱりしているラガー、という感じ。ビールに対して語彙力を持たない。

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ギネスストアハウスでビールを作る工程も見学した。チャーリーとチョコレート工場みたいな近未来。最上階の見晴らしの良い空間で、無料で一杯ビール(500ml)を飲むことができる。

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たとえお腹がいっぱいな雰囲気が出ていたとしても、旅先でスイーツを試さないという選択はできない。Queen of Tart というお店で、チーズケーキを食べた。ガーリーな店内で、お皿やカップも種類は様々だけれど、一様にガーリーだった。クリームの上の小さな果実が完成させるガーリー。今時ガーリーなんて言い方はよくないのかな。しっとり&かための、美味しいニューヨークチーズケーキだった。

最後の夜である今日は、Temple barでしめようとしていたけれど、Google mapで偶然見つけたシーフードバーが、なぜか心をざわざわさせたので、これは行かないと後悔すると直感が叫び、友達を連れて突撃した。

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二人のお兄さんが切り盛りしている、狭くてキッチンまで一つの空間になっている店内。ちょっと入るのに緊張したけれど、お店のドアを開けた瞬間海鮮のいい香りが湯気にぎゅっと詰まって、わたしはその空気に包まれながら最高のお店を訪れたことを確信していた。

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18時から19時のハッピーアワーは、牡蠣が一つ1.5ユーロ!食べ方はもちろん、牡蠣も5つの種類から選ぶことができて、わたしはどれも知らなかったけれど、お兄さんが丁寧に説明してくれた末におすすめまで盛り合わせてくれる。わたしは3種類試したが、ただ一つ言えるのは間違いなくこれまでの人生で食べたすべての牡蠣の頂点に立っていたということ。特に大きくて丸々していてぷるぷるなのに、苦味のまったくないあいつ!(名前忘れた)幸せな味をしていた。こんなにも感動が消えることなく帰り道までずっと余韻に浸った生牡蠣は初めてだ。6個も食べた。お金がないので、牡蠣だけ食べて店を出てしまって申し訳なかった。他のすべてのものも絶対に美味しいはずで本当に食べたかったけれどなんにせよお金がないので、店員さんに愛を伝えて店を出た。いつかここのシーフードを食べるためだけにここに戻ってきたいと心から思った。

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そして伝説のパブ、Temple barの赤いお店へ。人に溢れた、店の片隅のステージでおじさんが弾き語りをしていた。お客さんは、ビールを飲みながらそれを聞いたり踊ったり、恋人同士が肩を組んだり耳打ちしたりしていて、この街にはこんな夜が毎晩存在しているということがどこか信じられない。

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国を飛び出したけれど、手を失い、足を失い、目を失い、耳を失い、家族や街を恋しく思うも帰れない誰かが、最後にひっそりと国に帰る歌を歌っていた。曲名は知らない。薄暗い店内と心地いい音楽、そしてビール。この感傷的な時間がこの世界の片隅で、知るよしもなく毎晩繰り返されていて、そのある日の断片にわたしが立ちすくんでいるということ。最後にHARPを飲んだ。アイルランドではギネスよりも若者に人気らしい、軽いビール。Temple barの深みに打たれて、ギネスの苦味が懐かしくなった。