あけましておめでとう日記

1/9

東京に戻ってきた。一人の家は寂しいようで、見慣れた街と帰り道、わたしを待っててくれる部屋、なんだかちょっと優しくて、東京もいつのまにかわたしの一部になっているんだと思う。

尊敬している教授に質問できた。とても頭の切れる人で、厳しいこともたくさん言うけれど、一対一で話してみたら、まっすぐ目をみてくれる人だった。そして、その目がとても優しい。緊張して、聞いたこと全部忘れちゃった!

 

1/10

歯医者さんで、「歯磨きが上手くなってますよ」と年齢にそぐわない褒め言葉をいただいて、年齢にそぐわず喜んだ。演習の発表が危機的状況すぎて、ずっと現実逃避してたんだけど、いざパソコンに向かってみたら、夢中になって10時間もたってた。

 

1/11

発表資料を完成させ、授業に出て、夜はご褒美で、ずっと気になっていた近所のラーメン屋へ。めちゃくちゃ人気店で、確かに美味しかったけれど、いまいちはまれず。

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1/12

6年ぶりに、ショートカットにした。25cmくらい切った。頭が軽くて驚く。気持ちもすっきりした。テンションが上がってしまって、帰り道に、その時の気持ちの色のマニキュアを買っちゃった。たまに現れる自分の中の女の子の気持ちがくすぐったい。

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1/13

ビアードパパフォンダンショコラにはまっている。ためていたドラマを3本見て、近所のTSUTAYAにお散歩して「スターウォーズ」を一気に借りた。やっとフォースを覚醒させられるぞ!

夜ご飯は、初のダンシングクラブへ。めちゃくちゃパリピな店で驚き、友達がバイトしていてまた驚く。定期的にダンシングタイムが訪れて、女の子たちがキレッキレのダンスを披露してくれてカルチャーショックを受ける。シフト入ってる時に落ち込んでたりそういう気分じゃなかったらどうするんだろう?!わたしだったら耐えられないよー。「君!もっと笑って!」とか「キレが足りないよ!」とか言われちゃって。

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ドリンクはどれも攻めていた。机の上の食べ物を手掴みで直に食べるのは初めての経験で、この背徳感がなんとも言えねえな!って感じ

 

1/14

スクール・オブ・ロック」を見てから、横浜に数年ぶりに降り立ち、ロロの「マジカル肉じゃがファミリーツアー」を見る。

中学の友達に横浜で会う。素敵なところに連れて行ってもらった。相変わらず、超挙動不審で、よく笑ってよく喋って、一生懸命おしゃべりしてくれる、めちゃくちゃキュートな男の子だ。

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映画もそんな見ないし新海誠のことも全く知らないけど、「君の名は。」が好きすぎて7回見て、劇場サイズのポスターをネットのオークションで買って、広いとは言えないワンルームの壁にデカデカと飾っているらしい。友達には引かれるらしい(わたしも爆笑する自信がある)けど、彼はとても満足してして、「めっちゃ幸せなんだよね〜」と言っていて、猛烈にこんな風に生きたい!

 

1/15

一日フラ語の試験勉強して、ご飯も忘れてがっつりやって、夜新宿で「スターウォーズ」を見る。最後のジェダイ。やっと追いついたので映画館で見れたのは初めてで、IMAXだったのもあり、あのルーカスフィルムのロゴがどどん!と出る爆音の瞬間にマジで心臓が止まるかと思った。帰り、最終バスで帰ろうとしたら、間違えて反対車線のバス停に立っていたようで、道の向こうで無情にもバスは静かにわたしを置いて去って行った。

 

1/16

フラ語の試験を乗り切る。最近甘いものばっかり食べてるな。野菜が食べたい。「ストレイト・ストーリー」を見た。 静かな映画。

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1/17

早起きして、初阿佐ヶ谷&初ユジク阿佐ヶ谷。やっぱり中央線沿線の街がすきだ。

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素敵なミニシアター。スウェーデンに行く前に見ようと思っていた「サーミの血」を5度目の正直くらいで見た。苦しかった。

 

1/18

近所にできたパン屋さんに行ってみたら、すごく美味しくて幸せな気持ちになった。「村上ラヂオ」を読破した。村上春樹はエッセイの方が好きだー。

夜は、引っ越してしまうおにいちゃんと最後の晩餐。帰りは一緒にお散歩して帰った。月1とか月2くらいで会ってたお兄ちゃんが近くにいなくなってしまうの、寂しいな。

 

1/19

吉祥寺のbook obscureでやっている、クリスチャニアの写真展を見て、その本を購入。単行本の2000円弱は学生には痛いけれど、「迷う理由がお金なら買え」という言葉を思い出して買ってしまった。

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EPEEというパン屋が美味しいと聞いて、そこでパンを買い、井の頭公園で1人でピクニック。パンは高かったけど、やはり美味しい。心地よい日差しだった。くるりの「春風」をエンドレスリピート。

ベンチに座っていたら、隣の隣のベンチから、隣のベンチへ、じりじりじりと近付いてくるおじさんが恐怖だった。1人で受けている授業の帰り道、話しかけてくれた人がいて、すごく嬉しかった。ひさしぶりの井の頭公園は、なぜか水がなかった。

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1/20

スラムダンク」を再読破。やっぱり名作だ。三井の「安西先生…!バスケがしたいです…」のくだり、何度でも泣いてしまう。テスト期間ばっかり漫画読んじゃうな。

「DAYS」も最新刊まで読む。バイト応募した。一日かけて、池袋で親友の誕生日プレゼントを買い歩く。自分には何も買わないというか罪悪感で買えないのに、友達のプレゼントは嬉々として買ってしまうのはわたしの数少ない美点のように思う。

BLUE GIANT」もすごい。面白すぎて一気に最後まで読んでしまった。音楽という目に見えないものを、圧倒的なまでに描き切る作者の手腕と情熱に感動。本当に音が聞こえるみたいだ。手に汗握って音を見つめる体験。

 

1/21

お兄ちゃんの引っ越しを手伝う。2年付き合っていた彼女に就職のタイミングで振られたらしい。「もう東京に置いていくもの何もないな」と呟いていて切なかった。一晩中、男友達と電話して、Mr.Childrenの「another story」を聞いて、一緒に泣いていたらしくって、ちょっと憧れてしまう。父親は階段を下りながら躓いて、お腹から派手にスライディングしてて新喜劇かと思った。

タイムカプセルとあの頃の答え合わせ

小学校の同窓会に行った。半分くらいの人は中学も一緒だし、もう小学生の頃のことなんて、時間が経ちすぎて気まずいかもなあなんて思っていたけれど、すごくすごく楽しくて、心が満たされる時間だった。

あの頃より、鉄棒やブランコは背が低くなって、グラウンドは狭くなった小学校で集合した。あれからもう8年もたったのか。成人とはいえ、いつまでも子供気分のわたしは、何も変わっていないつもりが、色々なことを思い出して、確かに変わったし、時間は流れているのだと感じた。懐かしさだけでは説明できない、いろんな感情が渦巻いていた。ちょっと切なくなった。

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12歳の時の、タイムカプセルを開けた。黒歴史すぎて、痛くて痛くて恥ずかしくて、自分でさえ見たくないんだけど、みんなで爆笑しながら見せ合った。いろんな人から集めた、20歳へのわたしの手紙や、黒歴史のプリクラ、当時持ち帰るのがめんどくさくなってタイムカプセルの中に閉まった返却されたドリル、裏にコメントが入った写真などが詰まっていた。20歳のわたしへの、たくさんの友達、そして両親と兄弟からの手紙も入っていた。泣いちゃうからまだ読めない。

わたしともう一人しかいなかった保健係の張り紙に、理想の面子として某ジャニーズの面々を勝手にメンバーとして任命し、さらに 嵐 VS TOKIO というわけのわからないバトルが書かれた、黒歴史の塊が出てきた…辛すぎる…

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さらに、数え切れない友達の封筒に、「➰」や「だお」「じゃねん」など、ぶちのめしたいギャル語的なメッセージを過去の自分が書いていて、内容も暗黒歴史で、消滅しようと思った。自分のこと昔から何にも変わっていないと思っていたけれどちゃんと変わっていて安心したよ。

親友の封筒は、封の上に「封」「印」「絆」などのシール(「封」はしっかり字が違う)で封印されていて、Hey!Say!7時代のクリアファイルや、ポポロ、Myojoなどが入っていて、さらに「竜也」「裕典」という誰が作ったのかわからない推しのシールも貼られていて盛りだくさんだった。当時彼女はKAT-TUN上田竜也山本裕典のことが大好きで、タイムカプセルの中身も彼らへの愛というか執念が宿っていて、外身には、みんなからの「趣味が悪いと思う」というメッセージが詰まっていて、相変わらずだった。

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自分が書いた、12歳の抱負?的な一文字は、「新」だった。8年前のわたしが拾った、桜が2つ、入っていた。もう茶色いパリパリになってしまっていたけれど、美しい桜を取っておこうと思った、あの日の自分を愛しく思う。友達の封筒には、12歳の時の髪の毛が入っていてウケた。

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そのあとの飲み会は、久しぶりでみんな気まずくて、最初はあまり話せなかったんだけど、お酒を飲んだら、楽しく、あの頃みたいに、何の気負いもなく話せて、初めてお酒の力って偉大だなと思った。お酒って、離れてしまった誰かと何かを、もう一度近付けたり、結びつけたりするためにあるのかもしれない。楽しくなっちゃって、3次会までほぼ全員で行った。

 

小学1年生から高校まで一緒の男友達に、実は小学6年生の時好きだったと言われた。お互い背が高くて、だからだと思っていたんだけど、集合写真を撮るときはいつも、好きだから隣を陣取っていたんだよと言われて、ときめいてしまった。人生で一番不細工だった時代なのに、ありがとうよ…。当時、今からしても信じられないくらい可愛くなかったのに「あなたは昔からずっと優しいね」と言われ、ただそれだけだけで、数人から好き・気になっていた票をもらえてすごく嬉しかった。友達は、林間学校とかの写真を、一覧を見て番号を書いて買うときに、間違えたふりして好きな子の写真を買っていたと言っていて、そうしたら別の子も「わたしも実は買ってたー!」とどんどん暴露しだして、全員丸ごと抱きしめたかった。

みんなで、もう時効だから!と言って、お酒の力で、小学生の時に好きだった人を発表した。その相手がその場にいる人だったら、お互いに握手をした。めちゃくちゃ身を削って恥ずかしかったけど、楽しかった。すっかり忘れていたけど、歩道橋の上で、当時好きだった男の子に告白されたことを思い出した。すると、ある男の子が、好きな女の子と帰っていた時に、同じ歩道橋の上から「◯◯ちゃんー!好きだー!」と叫んだことがあると暴露してきて面白かった。思い出深い歩道橋。

わたしは、好きな子の名前を消しゴムに書いていた。なんとそれを本人もいるというのに暴露する羽目になってしまった。その子にも気になっていたと言われた。両片思いだったんだと、12年たって初めて知った。恥ずかしくてちょっと切ない。

どうしてその時言ってくれなかったのー!って言ったけど、でもその時には言い合えないから小学生で、自分が好きだったら十分で、言っていたらきっと何かは変わっていて、こう笑って言い合えるまでに12年かかって、それはもうあの頃に戻れないということだと思った。友達も、当時好きだった男の子と実は両片思いだったことが判明して、「その時言ってよ!」って言ったら「だってあの時は、好きって気持ちがどういうのかわからなかったんだもんー!」って言ってて、めちゃくちゃ可愛かった。

 

タイムカプセルの中身とか、書いてあることとか、中二病真っ盛りすぎてもう恥ずかしすぎて見たくないもないのだが、小学 6年生、卒業式の前日、眠れない暗闇の中で、「大人たちは、みんなわたしが小学生だからって、何にも考えていない子供みたいに接するけれど、嬉しいことも悲しいこともあって、いろんなことを考えて傷ついたり傷つけたりしながら、毎日一生懸命生きているということ、大人が思い描いてるような何にも考えていない子供なんていないということ、大人になるまで絶対に覚えていよう」と、幼い日にひとり静かに決意したことを覚えている。ここで育ってよかったと思った。

 

お正月日記 2018

子供の頃からずっと、楽しいことが終わる前から終わった時のことを考えて、かさぶたを自分で剥くようにその切なさを幸福の中で夢想してしまう。痛いのに。いつかのわたしがこの日々を懐かしく思い出すことを見越して、せっかくの幸せな2018年のお正月をここに残しておく。

 

12/29

帰省。地元の駅に降りた瞬間、透明で凛とした空気を体で感じて、すうっと胸いっぱいに吸う。わたしの一部を忘れてきたみたいに、その空気がすっと体に馴染んで、行き渡るあの瞬間が一番好き。

一人暮らしのいいことは色々あるけれど、わたしにとって一番は心も体も帰るところがあることなのだと思う。高校時代の友達と会えた。1人は京都、1人は名古屋に住んでいて、最後に会ったのは去年の年末。1年に一度しか会えない。 変わらないでいてくれて嬉しかった。変わらないでいることの難しさと、変わっていく切なさを感じる日々だから。次にみんなで会えるのは、2年後とか、3年後かもしれなくて、これが大人になるということかと思う。

 

12/30

家の掃除を手伝ったりもしたけど、ゆっくり寝て、他には特に何もしていない一日。「千の顔を持つ英雄 下」を読破。夜ごはん、美味しいとんかつだった。

いとこ2人と犬が来て、みんなでこたつでゲーム三昧。わたしは3人兄弟なので、5人で毎年、正方形のこたつ。一面足りない。

お正月のために、お兄ちゃんとわざわざ池袋のLOFTまで遠征して、厳選な選考の結果購入した「キャッツ&チョコレート」。お正月に本気すぎる。「ワードウルフ」と人狼もしたけれど、ゲームとは言え嘘をつくのも人を疑うのも本当にストレスで、誰かが「人狼やろう」と言うたびにウッとなってしまう。

 

12/31

美容院に行った。サークルをやめる決心をする。紅白を見た。密かにファンである竹原ピストルさんの歌で泣いた。BOSSの新聞の広告もよかった。今年はガキ使は見ていない。

みんなでゲームして、年越して、そばを食べた。ジャニーズカウントダウンって、何時に終わるんだろう。年明けて突然終わられても終電なくて年始早々泣くと思う。逆に朝までやるスタイルだとしたら、ジャニーズ慈悲深いな。

V6の岡田くんの結婚のお知らせが、24日に届けるつもりが、ミスで早く届いてしまったと話題になっていたけれど、わたしがファンだったらその方がよかったのではないかと思う。クリスマスイブに好きな人の結婚のお知らせを受け取るとか、わたしだったら死んでしまう。世界で一番いらないクリスマスプレゼント。

 

1/1

おせちとお雑煮を食べた。熱があったけれど、どうしても欲しくて、Suicaも忘れたけど、命からがら神楽坂まで行って購入した、ヘロシナキャメラさんのかるたもした。

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フットンダ王2018がめちゃくちゃ面白くて、たまたま一人で見ていたのが辛かった。こんなにも面白いことを分かち合いたかった。後からわたしが話したところでもうその面白さは失われてしまっているということが悲しい。

 

1/2

お墓参りに行った。隅っこのしだれ桜がいつのまにか、お墓の所まで伸びていて驚いた。

スポーツ全般に対して壊滅的な腕前だが、4年ぶりにやったボウリング、すごく楽しかった。これから得意なスポーツはボウリングだと言い張ろう。

夜ごはんは、一年に一度、お母さんが作ってくれる極上ローストビーフと、カシスソーダ。幸せが形になっていた。

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お正月は、毎晩10人で、食卓を囲んで夜ごはんを食べる。

いとこが帰る前の最後の夜、UNOやブラックジャックをした。コンビニで買ったら、一つ1000円もした。花札はやり方がよくわからなかった。だれる前に、寂しいくらいで終わるのがちょうどいいということで、寂しいくらいのタイミングで解散した。

 

1/3

わたしの小学校は、廃校になったり合併したけれど、初めて初期メンバーで同窓会が開催された。10人しかいない学年で半分くらいしか来れなかったけれど、久しぶりに会って、たくさんびっくりして、時の流れを感じた。何にも変わっていないつもりで、少しずつ何かが変わっている。「新成人!たくさん失敗しろ!」と言われたが、子供の時からまだずっと失敗は怖いまま。

おばあちゃんの家に行って、おじさんの旅行の話をたくさん聞いた。30歳の時、300万持って世界一周したらしい。たった一週間で、一人でご飯を食べる切なさや、感動を誰にも伝えられない寂しさで、深い孤独を感じてどうしようもなくなっちゃったんだって。

死ぬほど食べた。お腹がはち切れそうだった。おばあちゃんやおじいちゃんも賑やかな食卓を喜んでくれて嬉しかった。お寿司や蟹を食べた。お正月、もう飽きるくらい蟹蟹蟹蟹だった。 食べるのは一瞬、痩せたら一生と、増量しながらお兄ちゃんと話し合う夜。 多分我々の場合、痩せても一瞬だと思う。

タイの僧院にて|青木保

前に書いた、尊敬する青木保さんの、タイでの僧生活の記録でありエッセイのような、「タイの僧院にて」を読破した。わたしの中では、青木さんはすごくスマートなイメージだったので、大学院時代の混沌期や精神的葛藤、自分自身の理想の人類学者像、人に対する審美眼とその人柄、ふとした発見とそこから得る洞察の鋭さ、そして情熱。刺激的な読書体験だった。

タイの僧院にて (中公文庫 あ 5-1)

タイの僧院にて (中公文庫 あ 5-1)

 

学生運動の考え方(の一部)と相いれず、空虚さを感じ、自分自身の進む道も曖昧だった青木さんが、自力本願(これこそがテラワーダ仏教の肝でもある)で自らの再生のためにタイで僧になると決めるところとか、同じ学生としてどうしても、その意思の強さに憧れてしまう。

人は逃避と呼べば呼べ!わたしには異世界における象徴行為を通しての「再生」が何よりも必要なのだ。

本書の中でたくさん書かれているのが、テラワーダ仏教(小乗仏教)は、日本のいわゆる大乗仏教とは違い、「実践のないところには何も存在しない」という考え方。何事も全て実践から始まるし、そうでなければ周りからも認めてもらえない。

 

その異文化に自らが入ることで、研究対象としてももちろんだけれど、一人の人間として、そこにある人間の営みを理解するということ。

私はタイの僧院でごくあたりまえの人間生活、ごく普通の日常生活を過ごしたということになる。「裸の人間」の世界を視、経験したことによって、もはや私は地球上の何処たりともエキゾチズムを見出すことはないだろう。人間しか見ないであろう。このような確信が初めて抽象や観念でなく肉体になったと感じている。

タイでは夕方お寺を訪れる時間?(ちょっと忘れちゃった)があるらしいのだが、よく文化人類学で言われる「境界」の概念、仕事に終われ、せわしくなく過ぎていく一日の中で、そういう何にも属さない時間は心にゆとりを与えている。今の日本には、通過儀礼も、この境界の概念もないから、人々の心が貧しいのではないか?という話があって、面白かった。

 

自分を見つめたり、いろんなことを整理したり、逆に何も考えなかったり、今わたしは学生だから時間があるけれど、大人になったらなくなっちゃうのかな。

わたしの中でのそういう時間って、家族とこたつを囲んで、誰がみかんを持ってくるか争って、トランプで決めようってなって、いつの間にか盛り上がって時間が立って、みたいな、一番有意義で大切で、何の意味もない時間。お正月のイメージ。

毎日にちょっとでもお正月があったら、そしていろんなことがリセットされたら、日々の幸福度ってめちゃくちゃ上がるんだろうな。

いつの間にか、涙が頬を伝っている。頬をぬぐう間もあらばこそ涙はあふれてくる。いくらでもいくらでも涙は尽きなかった。私はいい知れぬ感動の中で全身で泣いていた。それは説明しようにも理由のつかぬ、実践しようにも言葉のない感動であった。私のこれまでの生の中で、物心ついてからあのような訳のわからない涙に泣きぬれたことはない。これが、僧修行のもたらした最大のものであった。

この本の結びであり、還俗の瞬間の描写は、ただのフィールドワークの記録を超えて胸にくるものがあって、読んでよかったなあと本当に思えた。こういう経験をした人が見つめる人生って、豊かなんだろうなあ。

異文化理解 (岩波新書)

異文化理解 (岩波新書)

 

ちなみに、村上春樹の「ラオスにいったい何があるというんですか?」でも、ラオスが取り上げられ、彼自身も托鉢に参加したらしい。この本の中で、ラオスについて書かれた章がよかった。村上春樹の紀行文がかなり好き。

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遠い太鼓 (講談社文庫)

遠い太鼓 (講談社文庫)

 

 

タイで知識と現実が一致したユーリカ!

知っているけれど、頭の中にあっただけのものが、実際に自分の目で見たものと、体で経験したことに一致すると、すごく嬉しいんだということを実感した。アハ体験。

 

この前書いたこの本で、初めて読んだ時、一番興味深かったのは、著者の青木さんが、実際に僧になられた時の話だった。

異文化理解 (岩波新書)

異文化理解 (岩波新書)

 

タイは、仏教が国にとっても国民にとっても大きな柱となっていて、宗教としての面だけでなく、倫理的にも社会的にも、タイという国を支えている。 毎朝黄衣を纏った僧が托鉢に歩き、人々は毎朝、僧たちに食べ物を捧げる。それを365日続けるなんて、わたしには考えられないことだけど、タイではそれが当たり前らしい。

「国民皆僧制度」とまでは言わないものの、二十歳を超えた男性は、一度出家して徳を積むことが当たり前で、それは強制ではないが、彼らにとっての誇りであり、親の願いだったりする。タイでは、僧になるというのは本当に尊いことなのだ。

 

たとえば、1973年にタイで起こった、学生VS軍事政権は、表面上は終結した後、学生の指導者と警官の指導者は、それぞれ出家して僧院に入ったらしい。それは、僧院というのが絶対に侵してはならない聖域であり、復讐や報復とは無縁(出なければいけない場所)だからである。それで許されるなんてずるいと思うけれども、還俗してからもそれは出家前の過去の悪行ということで、お咎めなしなのだそう。

そんなことで許されちゃっていいのかよ…!とわたしは思わないでもないのだが、それは日本人のわたしの感覚であって、わたしが思っていた何百倍も、タイは仏教を礎として成立する国なのだろう。

 

夏に3泊4日でタイ旅行に行った。初めてのタイ。初めての熱帯。結果的にエキゾチックでエキサイティングな楽しい旅だったのだが、その時のわたしはタイの諸々なんて、正直すっかり忘れていたのだった。

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しかし、どこに行っても目にする僧の姿に、なんかタイの僧の話に聞き覚えがあるな…どこかで見たんだっけ…と、デジャブを感じていた。そして、「あ!」と思い出したのだ。楽しい大学生活に耽り、すっかり忘れていたけれど、あの日、あの時、進路に迷っていたわたしの道筋を照らしてくれた本。あの本で読んだのだ!それに気付いた瞬間は、過去最大のカタルシスと言っても過言じゃないかも。あの時の気持ちが、2年という歳月を超えて、今に繋がった!と思えた。

 

この本を読んで印象的だったのは、息子が僧になったお母さんたちの涙の理由。

タイ仏教ではブンを積むと言いますが、それは徳を積むことです。一般に、なぜ結婚前に僧になることが奨励されるかというと、それは結婚前に積んだ自分のブンは全て自分の母親に行くが、結婚後に積んだブンは全部妻に行くと言われているからでした。つまり、結婚前の男子は自分の母親のためにブンを積むわけなのです。というのも、女性は僧侶になることができないので、完全なブンを積むことができません。息子はそういう母親の代わりに僧になってブンを積むというわけです。親孝行です。他の人の得度式にも何度か列席させてもらいましたが、最後に息子が黄衣に着替えて僧侶になると、お母さんたちは皆泣くのです。わたしはそれが自分の息子が僧院に入ってしまうので悲しくて泣くのかと思っていましたら、実は嬉し泣きだったのです。

 

そして、「青木保さん」という言葉もわたしの頭の中のフックみたいになってたんだけど、なんと現在、国立新美術館の館長をされているらしい。第二のカタルシス。大好きだよ国立新美術館。ちょっと遠いけど。

宗教に対する価値観も、国と社会の関わり方も、タイと日本では全く違うから、どういう気持ちなのかはっきり理解することはできないけれど、信じるものがあって、お金や即物的な利益だけじゃなくて、目に見えないものや形のわからないものに価値を見出せる。それをみんなが信じられる世界って、なんだか精神的なゆとりがあるような気がする。純粋に何かを尊ぶことができる心って、尊いなあとしみじみと思う。

言葉はこうして生き残った|河野通和

『言葉はこうして生き残った』を読み終わった。中央公論社で『婦人公論』や『中央公論』の編集長を歴任された河野通和さんが、新潮社で『考える人』の編集長をやっていた時の同名のメルマガを書籍化したもの。

大学の地下の書架の隅に潜んでいて、こっそりと借りた。静かで、存在感のある本だと思った。読まれる時に読まれるためにそっと地下で呼吸し続けていた本。

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澄み渡り、よく響くような一冊だった。静かな心と透き通った気持ちで、小さな星を一つずつ見つけては大事に宝箱にしまうみたいな。一章ずつしっかり受け止めて、たくさんの知らなかった人や歴史にそっと思いを馳せた。

どのエピソードも、河野さんの教養の深さに驚く。対象のチョイスはもちろんのこと、真摯に向き合い、心から尊敬しながら書かれていることに打たれてしまった。「言葉」というものへの信頼と祈り。書評が多く、河野さんのエッセイではないのだが、彼の哲学のようなものを感じた。心がじんわり温かくなるような、満たされる時間だった。

 

この本を読んで知って、読みたくなった本もたくさんある。

例えば、No.486「本をめぐる旅の記録」の『痕跡本のすすめ』。古本に残された書き込みやメモや傷から、前の持ち主の状況を妄想する、という何ともわくわくしてしまう本。めった刺しにされた本や、挟まれた短歌のメモなど。

 

No.425で紹介された、茨木のり子さんの『倚りかからず』や『歳月』、彼女について書かれた『清冽 詩人茨木のり子の肖像』。

「個」としてあり続けるための孤独。「個人の完成こそ生きる軸になるものだ」という確信。そして意志の力で「自身を律し、慎み、志を持続して」詩作に向き合おうという姿勢。それこそが、「茨木のり子の全詩と生涯の主題」であり、彼女のメッセージでもある、と筆者は述べます。

”盟友”石垣りんさんへの弔辞の中で「あなたの抱えていた深い寂寥感」というふうに、「寂寥感」という言葉を使って共感を吐露しているように、独りであること、「ただ己の感受性が信じうる手触りのなかで生きること」をつねに拠りどころにした人だったと言えるでしょう。

この章のタイトルは「寂寥だけが道づれ」。そのことにもう深く敬服してしまう自分がいる。なんて美しいんだろう。たった8文字に詰まった、孤独や寂しさ、静けさ、暖かさ、凛とした強さ。

 

 No.642「言葉に託された仕事」

ある女性教師は、難民となって村をあとにする時の心境を語りました。「私は大きな海の中のひと粒の涙になったみたいだった」。

どんなよろこびのふかいうみにも

ひとつぶのなみだが

とけていないということはない

言葉はこうして生き残った

言葉はこうして生き残った

 

言葉では辿り着けない領域があるのと同じように、言葉にしか辿り着けない領域があるのではないかと思う。

その欠片みたいなものが、この本にはたくさん含まれていたように思うし、何よりこの本が「言葉」というものを何より信じていて、美しくて切実な祈りのようだった。生き残るって、強くて厳しい言葉だよね。

寂しさや心のささくれを癒すためのmy routine

最近は、生活の3割が授業、1割がバイト、1割がサークル、残りはフリータイムという幸せな日々を過ごしている。ただ、ひとりで過ごす時間が長くて、たくさん寝ちゃうし、ぼーっとしてるとすぐに時間が過ぎていくし、なんとなく鬱状態じゃない?大丈夫そう?って思っていたんだけど、この間実家に帰って久しぶりに家族で過ごしたらめちゃくちゃ楽しくて幸せで、わたし、もしかして一人で寂しかったのかな、と思った。

ホームシックになったことはないし、ひとりの時間も好きだし、ガンガンひとりで行動しちゃうから、自分であんまり気付いてなかったけど、一人暮らしも1年半が経って、わたしは「寂しい」ということに自分で気付きにくいタイプだということに気付いた。なんだ、寂しかったのかわたし…かわいいじゃん…

寂しい時、というか、ひとりでぼーっとしちゃう時、ちょっと心にモヤモヤがある時こそ、毎日の小さな幸せを大事にしたいし、そうすると、豊かに暮らせている気がしてちょっとハッピーになれる。そこで具体的なわたしなりの対処法を、ここに記しておく。

  • 朝、時間が許す限り眠る ※午後に起きると虚無感がすごいのでほどほどにする
  • その次の日は、ちょっと早起きしてみる
  • ブランケットにくるまり、パジャマのまま、ぬくぬくとコーヒーやココアを飲む
  • 無心で部屋を片付けて、無心で掃除機をかける
  • ゴミをまとめて、全部捨てる、さらに余裕があれば断捨離する
  • 一気に洗濯をする
  • 好きな本や雑誌や漫画を読む
  • モヤモヤしてること、今の気持ちを、紙に全部書く
  • 可能であれば、それをどうするか、解決策を書く
  • 解決したら、ピーって線引いて消す!
  • できるだけ、SNSを見ない
  • 好きな音楽を聞く
  • 好きなものを好きなだけ食べる
  • お母さんに電話する ※かなりの確率で泣きそうになる
  • 今まで、人にしてもらって嬉しかったこと、幸せだったことなどを思い出す
  • これからまたがんばっていく自分に買うご褒美を考える
  • 日記を読み返す(1年前どころか、1ヶ月前の小さな悩みは、もう思い出せないことに気付く)
  • 部屋を暗くして、決して華やかではなく、大事件も起こらないけれど、じんわり胸に来て、なんだか涙が止まらなくなって、ささやかなハッピーエンドで終わるような映画を見る ※THE 感動系のものにしてわんわん泣くのも吉
  • 眠る前に、枕に香水をふりかける
  • 眠れない時は、本を読んで寝落ちする
  • ちょっと元気になったり気持ちが落ち着いたら、友達に会うなど、外出する

経験上、眠り続けるのはよくないかもしれない。前書いたみたいな、白河夜船状態になってしまう。寝ても寝ても眠ってしまう。現実を拒否しているのかな…

これくらいかな、結構日々のささくれやちょっとした棘をそのままにしてしまう人間なので、今日は自分を甘やかそう、とか、温かいコーヒーにほっとする瞬間とか、眠ろうとした時に、枕から香る香水に安心する瞬間みたいな、わたしなりのルーティン、そういうのを増やしていきたいな、と思います。

 

そんなこんなでこの間、ひさしぶりに友達とディズニーランドに行ってきた。

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カップルに紛れる夢の国で、「ねえ今日わたしたちが一番幸せだよ!」と笑ってくれたのがよかった。なんとなく「最近なんか寂しいんだよねえ」と言ったら、そういう時あるあると言ってくれたので、「そういう時どうするの?」と聞いたら、淡々と「そのままだよ」って言われた。かっこよくて最高だよ。ずっと仲良しでいてね。